セプテンバー5
原題 : September 5
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この記事は
- ネタバレなし感想
- ミュンヘンオリンピック事件詳細
- ネタバレあり感想
の三部構成になっています。
作品自体がほぼ史実なのでネタバレも何もないのですが、事件の詳細や結末を知らない方にとってはネタバレになってしまう可能性もあるので。
作品情報
監督・キャスト
- 監督 : ティム・フェールバウム
- キャスト: ジョン・マガロ,ピーター・サースガード,ベン・チャップリン,レオニー・ベネシュ,ジヌディーヌ・スアレム
受賞
この項目は追記します
日本公開日
公開: 2025年2月14日
レビュー
☆☆☆☆☆
劇場観賞: 2025年2月15日
「マスコミは一体どこまで放送しても良いものなのか?」「マスコミがここまでやってしまうことは犯罪に等しいことではないのか」
と過去から現代に至るまで提示され続けている普遍的なテーマの「始まりの話」。
ヒーローは存在せず、目の前の悲劇を撮る人たちの90分。
あらすじ
1972 年 9月5日、ミュンヘンオリンピック開催中の西ドイツ・ミュンヘン選手村で、パレスチナ武装組織「⿊い九⽉」によるイスラエル選⼿団の⼈質事件が発生する。 オリンピック中継のために現地にいたアメリカABCテレビ・スポーツ班のクルーは、事件発⽣から終結まで、衛星中継で全世界に⽣中継することになる…
『セプテンバー5』ネタバレなし感想
上記したように、この作品はほぼ史実なので、史実の事件を知らない方が読んだらネタバレになってしまう。
なので、結末を知りたくない方のために、一応「事件概要」は後記別項目に設定しました。
1972年西ドイツ(現ドイツ)ミュンヘンオリンピック。
それは第20回目の夏季オリンピックであり、第二次世界大戦終戦後約30年、終戦後7回目のオリンピックにあたる。
戦後約30年……だというのに、作中では実に何度も「ユダヤ人とホロコースト」に関する会話が出て来る。
テレビクルーの中にも「ユダヤ系●●人」は多く含まれ、彼らにとって、たとえ30年経っていようともドイツは遺恨の地であったことがよくよく窺える。
それは開催国であるドイツ側も同じで、「戦争を(そしてユダヤ人迫害を)世界がなるべく思い出さないように」「穏やかに」「仲良く」迎え入れるために必死の演出が必要だった。
犯行は、そんな「なるべくギスギス警備しない」環境の隙をついて行われた。やっていることは随分と大雑把な計画のように見えたけれども、そういう穴がたくさんある状況だったのだと、そういう事実をしっかりと見せてもらえる作品だった。
ストーリーは「たまたまスポーツを実況していたスポーツ部のテレビクルー」がテロ実況することになってしまった話。
なので「伝える使命」よりも、「ニュース部にネタは渡さない」空気が彼らを様々な方向に走らせる。
彼らだって手柄目的だけで動いているわけではなく、報道マンとしての気概はある。
けれども……というところ。
ほとんど外に出ることは無く、主要人物はずっとスタジオにいるのに緊張感でいっぱいの90分。
この歴史を知りたい方にも、マスコミ報道の在り方について考えたい方にも、ぜひ見ていただきたい。
『ミュンヘンオリンピック事件』(黒い九月事件)詳細
この項目は事件の結末に触れています
事件勃発は1972年9月5日。
このオリンピックは8月26日から始まっており、9月11日が閉会式の予定だった。
犯人はパレスチナの8人の武装集団「黒い九月」。
人質になったのは、何の罪もないイスラエルのオリンピック参加選手11人。
- 9月5日4時頃 「黒い九月」は選手村のイスラエル宿舎に侵入、立ち向かうレスリングコーチ、モシェ・ワインバーグが拘束される。
- その後、レスリングと重量挙げの選手10人が拘束される。
- 抵抗したワインバーグとヨセフ・ロマーノが射殺される。犯人はワインバーグの遺体を庭先に放置。5時頃警備員が発見し事件勃発を知る。
- 黒い九月から警察へ犯行声明が届く。人質解放の条件はイスラエルに収監されている仲間や、赤軍メンバーの開放。
- 6時過ぎからABCによるテレビ中継が始まる。
- 9時前、警察が犯人グループと交渉。12時までに要求が通らなかったら人質を射殺するという条件を突きつけられる。(イスラエルからはテロリストの条件は飲まないという回答が来ていた)
- 夕方、警察の侵入計画が開始されたが、テレビ中継が全て映しており犯人に知られてしまったので中止される。
- テロリストの要求に従い、午後10時、国外脱出の飛行機に乗るため、バスとヘリコプターが用意される。
- 10時半、テロリストと人質を乗せたヘリが空軍基地へ到着。ここで人質を解放するための銃撃戦になる。
- 1時間にもわたる銃撃戦の末、人質は解放できず、警備の不足のため警察官が射殺される。
- 11時ごろ、ゲリラが手投げ弾で自爆。人質は数珠つなぎに繋がれていたため逃げられず、爆発に巻き込まれて全員死亡した。
西ドイツが、テロリストの捕縛と人質解放に失敗した多くの要因があった。
- 前項にも書いたように過去の戦争責任の影もあり、ドイツは「平和」を意識したオリンピックを目指していた。そのため軍隊を思わせるような重警備を避けていた。
- そのような事情だったので現地に配備されていたのはテロなどの訓練を受けていない地元の一般警察官だった。
- 衛星放送でオリンピックを中継するために来ていたクルーが、人質救出の現場を中継し、それを犯人に見られてしまった。
- 犯人グループの人数を正確に把握していなかった。そのため狙撃手の人数が不足していた。
- ヘリコプター到着の位置が計画と違ったが、狙撃計画はそのまま実行されてしまった。
なお、人質の中にも犯人側にも日本人は居ないが、「黒い九月」の人質解放の要求の中に日本人テロリスト岡本公三の名もあり、まるきり無関係とは言えない。
(岡本はこの年の5月にテルアビブ空港乱射事件を起こしてイスラエルに逮捕されていた)
『セプテンバー5』ネタバレ感想
上記したようにこの事件では現地の対応のまずさが指摘されているわけだけれど、テレビ中継がこんなにも救出作戦を邪魔していたとは思わなかった。
この中継映像はこの事件を語られる時に度々使用されているので、(スピルバーグの映画『ミュンヘン』でも一部使用されていた記憶がある)何度も見てきた。
「何度も見てきた」けれど、気づかなかった。「これを犯人も見ている?」ということに。
腹ばいになって銃を構え、下の階の窓から人質を救おうと必死に動く警察官たち……。アクション映画では最高に緊迫するシチュエーションである。
これが中継だったせいで犯人たちに筒抜けだったとは。
現地の警察が怒るのも当然だと思うシーンだった(けれど怒鳴り込んだ警察の方が、クルーの剣幕に退散したように見えたのは、本当にポンコツ……)。
画を取るために潜入して走り回る。救出計画までがダダ洩れ。
そして全世界に向けた「思い込みの誤報」。
一旦は「全員救出」と言われていたことも初めて知った。
ABCテレビの先走り。
先走りというよりも、ジェフリーは熱望していたんだよね。「全員救出」というハッピーエンドを。
望み過ぎたので、裏を取る時間を待てずに発表してしまった。
この辺も現代のマスコミ報道に通ずるところがある。
「誰の事件だ」「これは俺たちの事件だ」
違うでしょう……これは被害と悲しみを受けた人々の事件だ。
私たちは信じたい絵を望み、信じたいニュースを信じる。
現代ではSNSの力に乗って、その拡散力は半端ない。私たちはいつでも誤報や冤罪を拡散してしまう用意がある。
報道する側はチェック、ダブルチェック、を徹底し、冷静な目で世界にニュースを広めなくてはならないのでは?
野次馬に便乗してもらうために話題性だけでスキャンダルを流すようなことはしてはいけないのでは?
いつだって、マスコミは物事を捏造できるし、テロに利用もされるし、戦争だって動かせる。
そういう存在なのだと改めて気を引き締めていただきたい。
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・象のロケット
★前田有一の超映画批評★
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