あの日のように抱きしめて
~ PHOENIX ~
監督: クリスティアン・ペッツォルト
キャスト: ニーナ・ホス、ロナルト・ツェアフェルト、ニーナ・クンツェンドルフ
公開: 2015年8月15日
2016年2月22日 DVD観賞
女が体験した事は男には体験できないものだった。
贖罪の気持ちを超えて何もかも捨て去りたかった男と、美しい過去を取り戻したい一心で収容所で生き延びた女。
隔たる壁が高すぎて……噛み合わない。
◆あらすじ
1945年ドイツ、強制収容所から帰還したネリー(ニーナ・ホス)は銃によって顔にひどいけがを負っており、顔の修復手術を受ける。生き別れになっていた夫ジョニー(ロナルト・ツェアフェルト)と念願の再会を果たすネリーだったが、妻は収容所で死んだと思い込んでいる彼は、顔の変わった彼女が自分の妻であることに気付かない。さらに、その遺産を手に入れるため妻のふりをしてほしいと持ち掛け……。(シネマトゥデイより引用)
数多くの映画で、本で、テレビで、旅行で、私たちはホロコーストを知り、強制収容所とはこんな所という脳内イメージを持っている。
けれども、それは当然イメージであって、それを体験した人の辛さを体感することは絶対にない。
ジョニーとネリーの夫婦には同じ体験を共有できない以上の壁がある。
ジョニーには、悪魔に魂を売った過去が。
ネリーには妄想で補填された美しい過去が。
悲劇を引きずって生きるのか昔を取り戻すのか、方向が見えないまま淡々と話は進む。
ミステリーというけれども、ラストの展開は想定内である。こうなった上で、それからどうなるか……までは語られない。
監督と主人公夫婦はトリオで『東ベルリンから来た女』の人たち。
ここでも自転車に乗る2人。
だから…
『東ベルリンから来た女』のラストがもう一度見たくなった。あの余韻はここには無い。
絞り出すように歌い出す「speak low」。
ネリーの気持ちを全て語るその歌声に凍った。上手い。そしてただ切ない。
ここから下ネタバレ↓観てない方は観てから読んでね
私にはネリーの気持ちは何となく解るのだ。捨てられない女だから。
過去は美しい。取り戻したい。ネリーは恐らくジョニーに会いたい一心で生き延びた。相手も同じくらい自分を求めていると信じていた。
けれども、ジョニーはネリーのことを思い出したくはなかったのね。なぜなら自分が売ったから。
だから、死んでいてほしかった。妻の代わりに連れてきた女がネリーに似てくれば似て来るほどイラついた。
ユダヤ人の妻が存在したという過去に蓋はしたけれども、戦後の生活は想像以上の大変さだった。ナチスが没収したユダヤ人の財産が取り戻せるという。女房は捨てたが金は欲しい。
何て男だ!けれども、それも生きる術だ…。
しわがれた声で始まる「スピーク・ロウ」…これが次第に力強くなり、ジョニーに叩きつけるように歌う。私よ!私よ!
削って消せと言った収容所の囚人ナンバー。あれを目にしたときのジョニーの顔が何ともね…。そりゃ伴奏する手も止まるわ。
戦争がなければ、ホロコーストがなければ、パリで買った靴を履いて赤いドレスを着て颯爽と歩き、堂々と歌い続けただろう。
そういう人生を送れないほど、顔だけでは無くて仕草まで変わってしまうほどの苦痛を味わってきたのだと、赤い膝丈のドレスを用意する元夫には伝わらない。
そういう過去は捨てて、これで彼女もやっと前を向いて歩く事が出来るんだ…という風にポジティブなラストだとは私には思えなくて。
すでに遅い 私達は遅すぎた。
幕は下り すぐにすべてが終わるわ。
クルト・ヴァイルの名曲「speak low」
「愛を語るのならささやくように」
ささやくように語れる愛は消えた。
・『あの日のように抱きしめて』公式サイト
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・象のロケット
comment
>ここなつさん
ヒロインの強さと切なさが伝わる名作ですね。
>「東ベルリンからきた女」の時にもそれは感じたけれど、ヒロインが切なくて強いのだなぁ…。
そう。女性がとても強くて清々しいですよね。
反面、男性がちょっとクズっぽい^^;
こんにちは。TBをありがとうございました。
この作品は、私、すごく良かったので、貴ブログを拝見して思いが蘇ってきました。
切なく、強い作品だと思います。「東ベルリンからきた女」の時にもそれは感じたけれど、ヒロインが切なくて強いのだなぁ…。