妻への家路~ 帰来 Coming Home ~
監督: チャン・イーモウ
キャスト: コン・リー、チェン・ダオミン、チャン・ホエウェン、リウ・ペイチー、チェン・シャオイー、イエン・ニー、ズー・フォン
公開: 2015年3月6日
2015年2月26日。劇場観賞(試写会)
中国の黒歴史といわれる文化大革命に翻弄された夫婦、親子の物語。
が、革命の悲惨さや悲劇をベタベタと描いた物ではない。
ベースはあくまでも思いやり深い夫婦の細やかな愛情。
だから、やるせないのに微笑ましくも感じられてしまう。
こういう立場になったら、自分の伴侶とどう接するのか。
夫婦の有り方について考えさせられる。
【あらすじ】
1950年代から始まった文化大革命によって右派として弾圧され拘束されていたイエンシー(チェン・ダオミン)は、1977年、革命の終結によって約20年ぶりに解放され、我が家に戻ってきた。しかし、3歳の時に別れたきりの娘・タンタン(チャン・ホエウェン)は家を出て職場の寮に入っており、自分を待っていたはずの妻・ワンイー(コン・リー)はイエンシーの顔を忘れていた。
イエンシーは、ワンイーの記憶を取り戻すために向かいの部屋に住むことになる。
中華人民共和国建国の父として尊敬されていた毛沢東は経済政策にはことごとく失敗して失脚寸前だった。その巻き返しとして若者を扇動した結果起きたのが1950年代から1976年、毛沢東が亡くなるまで続いた文化大革命。略して文革。
毛沢東を尊敬する若者たちは紅衛兵という組織を作り、彼らは宗教や教育者、識者を右派と呼んで弾圧していった。文革のおかげで仏像などの史跡は壊され教育は停止され、その影響は中国という国を大きく後退させてしまう。粛清、逮捕などの犠牲者は数千万人に及ぶと言われている。
…という文化大革命その物が描かれている作品ではない。
イエンシーは教授だったらしい。これは、そのせいで革命に巻き込まれた犠牲者一家の再生物語。
本人たちは何ら悪い事はしていないのに悲劇に巻き込まれる。理不尽な話である。
けれども、彼らは決して運命をぶつぶつ呪い続けてはいない。呪っている場合ではない、といった部分もあるのだろうけど…。
ワンイーがあんな状態になってしまうほどの苦労を夫は知らなかった。そこに到るまでの経緯を娘は隠していた。
ワンイーの記憶からイエンシーの顔が消えてしまった理由。
それを考えるとタンタンも可哀想で…切ない。
理不尽な運命を受け入れ、妻の現在を受け入れ、何とか改善するために努力する。
その描写が時に切なく時に滑稽で、涙しながらも思わず笑みが出てしまうシーンもあった。
どんな形でも寄り添う覚悟。
コン・リーとチェン・ダオミンの自然な演技が、かつてはあっただろう温かい夫婦愛を感じさせてくれた。
そして、タンタンを演じたチェン・ダオミンはこれがデビューなのだそうで…。彼女の表情に引きずられて何度も泣かされた。新人さんだとは思わなかった。先が楽しみ。
この夫婦がこの先どうなるのか…。
ラストシーンの余韻にまた涙した。
その状況に茫然としつつも、凛とした美しい風景に魅入る。けれども優しさと温かさは感じるのだ。
不思議なパワー。
以下ネタバレ感想
ワンイーが思い出せないイエンシーの顔。それは、破り捨てられたアルバムの顔だ。
タンタンは自分がした事の罪の重さを充分理解した上で、母親に拒否される寂しさを抱えて生きてきたのだろう。
タンタン自身は文化大革命に洗脳された世代だったろうし、覚えてもいない父親のせいで主役を降ろされたとなったら写真くらい破きたくなるよね…。
娘が密告した事を解っていたイエンシー。
大好きだったバレエを辞めてしまった娘。
記憶を失った妻。
それは革命のせいであり個人の誰が悪いわけでもない事をイエンシーは解っている。
イエンシーの「知っていた」の言葉に涙するタンタンに泣かされた。長い苦しみが溶けたようで。
イエンシーの写真を見せたら記憶が戻るのでは…と思っていたけれども、そんなに簡単な事じゃなかった。ピアノも駄目。手紙も駄目。
このままでは私は手紙を読む人になってしまう。
嘆きの言葉は悲惨だけれども、その後の「ああ、手紙を読む人ね!」が、可愛くて笑ってしまった。
「手紙を読む人」として一緒に過ごす時間を選択したイエンシー。
ワンイーは、恐らく「おたま」の男に殴られる以上のことをされて、それが心の重しになっているのだろう。
けれども、その男も今や平穏無事に生きているわけではない。おたまで殴られる以上の罰が彼には与えられたはず。その家族もまた歴史の犠牲者である。だからイエンシーは無言で帰る。
誰にもぶつけられない怒りとあきらめ。
ワンイーは5日になると駅に夫を迎えに行く。
けれども今は1人ではない。
迎えられる夫は顔のない「手紙を読む人」。
それでも、隣りに寄り添う。
こんな形でも愛は感じる。
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