カティンの森~ KATYN ~
監督: アンジェイ・ワイダ
出演: マヤ・オスタシェフスカアルトゥル・ジミイェフスキヴィクトリャ・ゴンシェフスカマヤ・コモロフスカヴワディスワフ・コヴァルスキアンジェイ・ヒラダヌタ・ステンカヤン・エングレルトアグニェシュカ・グリンスカマグダレナ・チェレツカパヴェウ・マワシンスキアグニェシュカ・カヴョルスカアントニ・パヴリツキアンナ・ラドヴァンクリスティナ・ザフファトヴィチ
公開: 2009年12月5日
2014年5月31日。DVD観賞。
1939年9月1日にはナチス・ドイツが、同年9月17日にはソ連がポーランドとの不可侵条約を一方的に破棄して侵攻、第二次世界大戦が勃発した。
ドイツとソ連に西と東から侵攻され、ポーランドは両国によって占領される。
この時、東側で戦っていたポーランド軍はソ連によって捕虜として連行された。
この映画はここから始まる。
ほぼ史実に沿った内容で、当然のことながら救われる要素は何もない。
ストーリーは冷静すぎると思われるほど淡々と進み、それがかえってグレーに閉ざされたこの時代のこの国の鬱屈した背景をドキュメントのようにリアルに映し出す。
主人公はアンナという槍騎兵大尉の妻だが、この作品は「カティンの森事件」その物よりも、事件が起きてからのポーランドの歴史を辿っている。
東でソ連の捕虜となり、そして二度と帰ってこなかった1万数千人もの命。
その事件に纏わる真実にずっと翻弄され、蓋をして生きていかなければならなかった人たちの物語なのだ。
劇中には年号は出て来るが、そこでこの国に何が起きているかは言葉少なく映像で語られるだけ。
不気味なほど物静かな作品だった。
1939年9月。ポーランドの槍騎兵隊大尉アンジェイを探しに、妻・アンナは西部クラフクから東部ワルシャワへ向かう。
運よく巡り会えた夫は、「国に忠誠を捧げた身であるから」と言って軍と共にソ連軍に捕虜として連行されて行った。
苦労の末、半年後にクラフクのアンジェイの実家に帰りついたアンナは、そこで義母と共に夫の帰りを待つ。
しかし、1941年に解放したとソ連から発表された捕虜たちは帰ってこなかった。
歴史の経過としては…
・1939年9月。ポーランドは西からナチスドイツ、東からソ連に占領され、ポーランドの軍隊は捕虜となる。
・この時、ポーランド政府はパリへ亡命。後にはロンドンへ移される。
・1941年。ソ連とポーランドは対ドイツのために同盟を結び、ポーランドの捕虜はこの時に全て解放したとソ連は発表。しかし、将校を中心とした2万人近い軍人と民間人が行方不明のままだった。
・1943年2月。侵攻してきたドイツ軍がスモレンスク・カティン集落近くの森で約22000人近い遺体が埋められているのを発見。ソ連軍による虐殺として世界に発表する。
これに対し、ソ連はこの虐殺をドイツ軍の犯行であると主張。亡命政府とソ連は断交した。・1943年9月。ドイツ軍がカティンから撤退。
・1944年1月。ソ連が「カティンの森事件」はドイツ軍の犯行であると発表。
・1944年8月。レジスタンス国内軍と民衆が対ドイツのために立ち上がり「ワルシャワ蜂起」勃発。焚きつけたソ連は民衆を見捨て、多くの犠牲者が出る。
(アンジェイ・ワイダ監督の『地下水道』は、ここを描いた作品)・1945年5月8日。ドイツが無条件降伏し、ポーランドは「解放」という名のソ連の監視下に入る。
「カティンの森事件」をドイツがソ連軍の犯行として世界に発表したのは、別に善意でも何でもない。ソ連がドイツの犯行だと言いたてて民衆を煽ったのも、また同じ。
無抵抗で祈りの言葉をいう間もなく射殺された1万数千もの人々は、遺体になってまで国と国との争いの道具に使われたのだ。
ラスト10分からEDの暗転までの衝撃には涙も出ない。
「泣く」などという行為は忘れていた。怒りすら感じなかった。あまりのショックにただ頭が痺れた。
長い長い無音の暗転。
ソ連の犯罪だと解っていても口に出せなかった、抑えられた長い年月がそこにある。
アンジェイ・ワイダ監督の父がこの事件の犠牲者である事は知っていたが、アンナ役のマヤ・オスタシェフスカの曾祖父も犠牲者だったとは公式サイトを見るまで知らなかった。
この映画に関わった人、観た人、どれだけの人たちがこの事件に苦しめられてきたのだろう。
そう考えると、ますますあの暗闇の深さに沈み込む。
ラストにあの映像を持ってきたのは、そして、ここまで淡々と描き続けたのは、事件に対して何の感情も抱かせずにポーランドのあの年月をリアルに体感させるためだと思った。
だから、これは人間が人間を虐げる歴史がどのようなものなのか、世界がどういう行いをしてきた結果今があるのか、思い知るための映画。
どの国が悪いとか誰が悪いとか、そういう事では無く。
侵略され虐待され抑えつけられる苦しみを、どの国のどの人間も二度と与えても与えられてもいけない。
以下ネタバレ感想
「悪に囲まれて生きる意味」を姉・イレナに問うアグニェシュカ。
民衆は解っている。
ナチスドイツにもソ連赤軍にも正義も善意もない事を。
イレナも解っている。けれども生き延びるためには偽装が必要。
ドイツの広告塔を拒否した大将夫人。
生き延びたのにソ連の手先となった事を恥じて自決したイェジ中尉。
ソ連に反抗したあげく轢き殺されたトゥル。
それぞれの傷。それぞれの闘い。
誰も救われなかった。それが戦争なのだと嫌というほど思い知らされた。
「カティンの森事件」その物は描かないんだな…と、途中までは思っていたので、ラスト10分にも渡る銃殺シーンは本当にショックだった。
人が殺されるとはこういうことなのだと、ゴミのように埋められていく兵士たちを見ながら思った。
十字架を握ったまま硬直した手。脳裏に焼き付く。
長くソ連の衛星国であったポーランドは、この事件について語る事が出来なくなった。
世界中がソ連の犯行だと解っていながら、それぞれの国の事情を優先して口を閉ざした。
長い年月の末、1990年代に入って、ようやくゴルバチョフが「スターリンの犯罪」としてソ連の責任を認めた。
しかし被疑者がすでに死亡している事も含めてロシアに責任はないとして、国としての謝罪は行われていないという。
あの別れの時、アンナの夫は逃亡することも出来ただろう。彼らは「国に身を捧げると誓った」その誇りを胸に捕虜になったのだ。
彼らの魂は、救われたと言えるのだろうか。
20世紀に入っても、まだあの暗闇の中から外に出ていない気がする。
長い長い無音のエンドロールが、そう語っている気がするのである。
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