嘆きのピエタ~ PIETA/피에타 ~
監督: キム・ギドク
出演: チョ・ミンス、イ・ジョンジン、ウ・ギホン、カン・ウンジン、チョ・ジェリョン、イ・ミョンジャ、ホ・ジュンソク、クォン・セイン、ソン・ムンス、キム・ボムジュン、ソン・ジョンハク、チン・ヨンウク、ユ・ハボク、ソ・ジェギョン、キム・ジェロク、イ・ウォンジャン
公開: 2013年6月15日
2014年3月17日。DVD観賞。
「ピエタ」とは、十字架から下ろされたキリストを抱くマリア像の事をいう。
民のために十字架を背負って主に自らを捧げた息子を母は誉めただろうか。嘆いただろうか。
タイトル通り、母と息子の物語。
ガンドは金融の取り立て屋である。
債務者に保険を掛け、死ぬと手続きが面倒なので重傷を負わせて障害者にする事で障害者保険から取り立てるという残酷な手口で回収していた。
債務者のほとんどは町工場らしく、工場の機械で怪我を負わせる…直接そのシーンは描かれないが、想像できる範囲で描写されるので物すごく痛い。
ガンドがそんな仕事に就くようになったのも、身寄りが居ないという孤独な身の上が関係している。そんなガンドの元に、ある日、自分を捨てた母親だと名乗る女が現れた。
鬱々とした作品だ。
大人になってまでママもないだろう…と思う事なかれ。
親に捨てられた記憶は人間の精神的な成長を阻む。
国を問わず、愛情を得られずに育った人間が犯罪を犯す多くの例が実際にある。
愛情なく育った人間は大人になれないのだ。ガンドも同じ。平気で残忍な行いをする心の中は孤独で愛情に飢えている。
近年はだいぶ事情が変わってきたようだが、韓国では親は子どもにとって絶対的存在で親子の密着度はとても深い。子どもは老いた親の面倒をよく見、親は子どもに金を掛けて大切に育てる。
そんな国の中で親に捨てられた男の心がどんなに孤独だったか。
映像はリアリティあるものの描写は時にファンタジー。
葛藤を経た後の親子の触れ合いは恋人同士のようで微笑ましい。
けれども、作品全体に流れる苦しみや悲しみ。ガンドと同じようにこの作品自体が愛情に飢えているように見える。
母・ミソンを演じたチョ・ミンスが美しい。派手な服に身を包んでいても、そこはかとなく漂う生活感。「母」である事に違和感がない。不思議な魅力。
ストーリーは意外な方向に堕ちていく…。
最初から最後まで目が離せなかった。
子どもを捨てる親は罪人だ。
親がいる子どもを殺す人間も罪人だ。
金を掻き集めて他人から愛を奪っていた男に架けられた十字架が、どんな描写よりも一番残酷に思えた。
ここから下ネタバレ↓観てない方は観てから読んでね
ミソンを慕っていくにつれ、ガンドは自分の仕事がいかに恨みを買う仕事だったのかに初めて気づき始める。
狂ったように母親を探す姿が痛々しい。
そして、その中で、自分がいかに多くの人の生活を奪って来たかにも気づく。
ミソンはそういう形で「もう1人の息子」に復讐した。
よく解らなかったのは…ミソンは本当にガンドの母親だったのかという事…。
朝食の時、「俺には兄弟はいるのか?」と訊かれてミソンが黙り込むシーンがある。
もしかしたら、ガンドは本当にミソンが捨てた子どもで、その後に得た息子を自殺に追い込まれたのかな、とか…そんな風にも思いながら見ていた。
借金返済のために障害者になり、首を吊った息子の母親。
復讐のための芝居の中で、確かにミソンは芝居以上にガンドの母親になりつつあったはず。
ガンドが可哀想…。
と言って泣く。
可哀想にするのは自分自身なのにね。
墓穴の中で川の字になって手を繋ぐガンドとミソンとミソンの息子…。
借金を返さない事はそれ自体が悪い事であり、借りなければこんな末路は迎えなかったわけであり…。やっぱりお金は怖い。
金は全ての始まりで終わりよ。
と、ミソンは言っていたけれども、親の愛も全ての始まりで終わりだ。
「ピエタ」とは、十字架から下ろされたキリストを抱くマリア像の事をいう。
母は1人の息子を首つりの鎖から下ろし、もう1人の息子を親を持たぬ孤独から下ろした。
そして、親である自分自身を再び奪う。
一番、残酷なのはマリア。
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