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『金子文子と朴烈  植民地からのアナキスト』虐殺事件のその後

金子文子と朴烈 植民地からのアナキスト(Anarchist from the colony)

原題 : ~ 박열 / Anarchist from the colony ~

『金子文子と朴烈  植民地からのアナキスト(Anarchist from the colony)』感想

作品情報

監督・キャスト

監督: イ・ジュンイク
キャスト: イ・ジェフン、チェ・ヒソ、クォン・ユル、キム・イヌ、キム・ジュンハン、ミン・ジヌン、チェ・ジョンホン、山野内扶、金守珍

日本公開日

公開: 2019年02月16日

レビュー

☆☆☆☆

劇場観賞: 2019年2月18日

今、この時、日本人としてはとても複雑な気分になることしきりだけれども、まるまる史実だと思って観る人は居ないだろう。とにかく「出会っちゃった2人」の描写が情熱的で可愛くて切なくて……ああ、若さって見失わせるよね、と思うのだ。

もっと平和な生き方もできたのにね……と思いつつ、2人の選択に涙し、なお拍手した。

あらすじ

1923年、東京。社会主義者たちが集う有楽町のおでん屋で働く金子文子は、「犬ころ」という詩に心を奪われる。この詩を書いたのは朝鮮人アナキストの朴烈。出会ってすぐに朴烈の強靭な意志とその孤独さに共鳴した文子は、唯一無二の同志、そして恋人として共に生きる事を決めた。ふたりの発案により日本人や在日朝鮮人による「不逞社」が結成された。しかし同年9月 1日、日本列島を襲った関東大震災により、ふたりの運命は大きなうねりに巻き込まれていく…(Filmarksより引用)

悲劇的だけれども極めて明るく強い文子

金子文子は明治36年・横浜生まれの日本人。社会主義思想家で文筆家。父に虐待されて出生届も出してもらえない中で育ち、親戚の縁で朝鮮に渡りそこの養子となる。

身の上の話は劇中でも語られる。同情に堪えない。

朝鮮でも親戚に虐待されていた文子は、そこで植民地として虐げられる朝鮮人たちにシンクロする思いを抱えたのだろう。無政府主義、無君主主義、支配されない自由な思想は生立ちから生まれたのだと見て間違いはない。

映画では、そんな文子は極めて明るく、強く、ユーモラスな女性として描かれる。

演じるチェ・ヒソが、本当にパワフルで可愛い。

文子は日本人として9歳から16歳まで朝鮮で暮らしたが、チェ・ヒソさんは7歳から5年間、日本で暮らしていたらしい。どうりで日本語が上手いはず。そして、この「文子との符号」。

「私は犬ころである」朴烈(パク・ヨル)

18の時から社会主義者が集まる有楽町のおでん屋で働き始めた文子は、19で朝鮮人の思想家・朴烈と出会う。映画の始まりは、ここから。

「私は犬ころである」

自虐から皮肉を繰り出すのが朴烈の表現なのか、彼は不逞社(当時、朝鮮の運動家は「不逞鮮人」と呼ばれていた)を結成して細々と執筆活動していた。

文子が朴烈に惹かれる切っ掛けはこの詩以外に特に語られず、映画ではまさに「ぴぴっ」と来ちゃったようになっている。

関東大震災までの描写は案外少なく、作品のほとんどは逮捕されてからの尋問・裁判と獄中生活に重きが置かれているのが興味深い。

塀で隔たれてからが、2人の心の結びつきが強まる本番だということ……。

関東大震災と朝鮮人虐殺事件

この映画を語るのに避けて通れない事件である。

大正12年(1923年)9月1日。11時。
史上最大規模の被害をもたらす関東大震災が発生する。

現在の渋谷区に住んでいた文子と朴烈は当然被災することになったが、悲劇は地震だけでは済まなかった。

「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が放火し、暴動を起こそうとしている」という噂が流れ始め、政府が戒厳を発令したのである。

関東では各地で自警団が結成され、罪のない朝鮮人(日本人も)が追われ殺されることになった。

この事件に巻き込まれた人数の記述は日本と韓国の間に大きな差があるが、当時の悲惨な目撃談はたくさん残されている(日本の俳優や作家など著名人による目撃談も多数)。

この時の戒厳令絡みでは日本人のアナキストが殺される事件、朝鮮人と間違われた日本人が殺される事件も起きている。

・甘粕事件 9月16日。アナキストとして目を付けられていた大杉栄が内縁の妻・伊藤野枝と、たまたまついてきていた6歳の甥・橘宗一と共に突然連行され暴行・殺害されて古井戸に捨てられた事件。憲兵大尉だった甘粕正彦ら5名が逮捕された。

・福田村事件 9月6日。香川県の薬売り15名が千葉の福田村自警団に襲われ、妊婦や子供を含む9名が殺され川に捨てられた事件。行商人たちの方言が自警団に通じず、朝鮮人と誤解されたため。

 

この戒厳令に関して、映画は独自の裏設定を出している。悪玉の描き方はステレオタイプだけれども、有事には陰謀も策略も隠蔽も起こりやすい。そしていつも犠牲になるのは市井の民。という部分ではとてもリアル。

日本人役役者さんの日本語にほぼほぼ違和感なし

文子役のチェ・ヒソさんは日本に住んでいただけあって日本語の発音はほぼほぼパーフェクト。

他にも日本人役の役者さんの中には「どんだけ練習したんだ」と思うほど日本語が上手い方が多かった。おかげでほとんど違和感なく物語にのめり込めた。

一番上手かったのは、水野錬太郎を演じたキム・インウ。完ぺきなイントネーションに驚いたけれども、後で調べてみたら在日3世だった。そして、もう一人、布施弁護士役の山野内 扶。日本人だった(上手いはず……)

監督は日本の描写として違和感のある所は言って欲しいと山野内さんに頼んでいたということで、ああ、あの下町感はそうやって作りだしていたんだなぁ、と感動する。

全て受け入れて戦う強さ

「身分」があり、「階級」があり、「人種」があり……不公平な弾圧に弱い者が苦しめられる時代。

理不尽をはねのけようと声を上げた人たち。

そのために取った行為は愚かだと捉えられるかも知れない。

けれども、精いっぱい戦って、若い命を散らした金子文子の情熱は、演技から演出から、その迫力から伝わった。

ポスターの写真は現実にご本人たちが遺した写真と同じポーズ。愛に溢れる1枚。

 

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以下ネタバレ感想

 
無政府主義で、「天皇」の神格化と法を良しとせず、死刑宣告に万歳を叫ぶ文子が、

「内縁では同じ墓に入れないから結婚しよう。」

と言われて流した涙が幸せそうで。

あれは「婚姻」という法に負けた悔し涙には見えなかった。ただただ可愛かった。
 

威勢が良く、カッコいい女というには文子はあまりにチャーミングで、朴烈という男をどれほど信じて愛していたのかと思うと、最終的に別れて死ななければならなかった無念さが伝わる気がする。

金子文子の死因は自殺という事になっているけれども、真実は分らない。

朴烈が本当に爆弾を隠していたのかどうかという真実も分らない。

 
文子の遺骨は朴烈の願いどおり朝鮮の地に埋められた。

しかし、当の朴烈は最終的には北朝鮮で死亡し北朝鮮に眠っている。

天皇を否定したのに将軍さまの下で死んだ朴烈を見たら、文子は何と言うだろう。

 
笑ってついて行くか。威勢よくおでんを投げつけるか。

歴史のifは考えれば考えるほど虚しい。

 

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