その夜の侍
監督: 赤堀雅秋
出演: 堺雅人、山田孝之、新井浩文、綾野剛、田口トモロヲ、谷村美月、安藤サクラ、山田キヌヲ、高橋努、でんでん、木南晴夏、坂井真紀、三谷昇、峯村リエ、黒田大輔、小林勝也
公開: 2012年11月17日
2012年11月21日。劇場観賞。
始めに。
武士は出てきません。
時代劇ではありません。
作品概要はよく知らず、監督もよく存じ上げず、好きな役者さんがたくさん出ているのでそれを目的で見に行った。
そして、ここにいる私が好きな役者さんは、みんなそれぞれ今までにないような顔を見せていた。
それを見た事が良かったかどうかは分からない。ただ、凄かったことは確か。
ストーリーは鬱々とする。
5年前、中村健一は妻を交通事故で失くした。
ここで公式などには「最愛の妻」と書いてあるが、始めの重要な留守電のシーンでは「最愛」な感じはしない。
部屋にいるのに妻からの電話も取らず、黙々とプリンを食べ続ける男・中村。
それが堺雅人なのである。
分厚いレンズのメガネ、よれっとした工場の作業服、くせ毛そのままの髪、したたる汗。見るからに根暗な雰囲気。ハッキリ言ってキモい。堺さんだと言われなければ誰だか解らないほどだ。
だから、「大奥」の美しい有功さまのような堺さんが見たいだけの方は止めておきましょう。面影の「お」もないです。
妻の事故はただの事故ではなかった。ひき逃げだった。
犯人は妻を殺して逃げた。
まず、そのシーンがなかなか恐ろしい。
自分の事ばかりしか頭になく、心のない男・木島宏
これを山田孝之が演じている。
山田くんのこういう雰囲気の役というのは今までにも無くはないが、大義とか正義とか情けとか…そういう物は全くない人物なので本当に怖い。
「悪の教典」のサイコパスはエンターテイメント性の高いサイコパスだったが、こっちのサイコパスは本当にそこら中にいる日常の中のサイコパスだから。
人の心を持たぬ者。
自分だけが中心に世界が回る者。
この男に関わった事で、「平凡な人生」を送ることが難しくなっていく周りの人間たち…。
言っている事は割と堂々としているんだけど、実は小ずるい小心者の義兄・青木順一。この「ずるい」面が凄く出ている…新井浩文。
私は、この人の気持ちが一番解るかもしれない。いや、実体験はないから実感はないけれども、たぶんDVに遭っている人などはみんなこんな感じで離れられないのだと思う。木島の「友達」・小林英明に綾野剛。
ヘタレなのになぜだか木島について行くワケの解らないおっさん、田口トモロヲ。そして、これはもっとワケの解らない女・谷村美月。
寂しいからついて行くってことなのかな。ついていけばどうなるかは想像できそうなもんだけど。
それぞれの役者さんが本当に「スゴイ」と思える映画だった。
ストーリーは、「私はこの映画が嫌いです!」(←って何かの映画について某タレントが言ったらしい。 )に近いかも知れない。
暗くて鬱々として汗や泥が臭いたつように野暮で辛くて悲しい。
しかし、忘れられない1本にはなった。
本当の恐怖も本当の悲しさも痛さも、お綺麗でスタイリッシュな物からは感じ取れない。
ここから下ネタバレ↓観てない方は観てから読んでね
「ねぇ、健ちゃん、いるんでしょう?またプリン食べてるんでしょう?知ってるんだからね。ダメだからね。ねぇ、電話に出てよ。冷蔵庫に納豆があるかどうかちょっと見てほしいんだから」
それが最期の電話だったのに、健一は電話に出なかった。
自分の家なのにコソコソ隠れてプリンを食べる。糖尿のけがあるのに妻かくれてプリンを食べるのは健一の日課だった。
たぶん「自分の好きな事を止める口うるさい妻」。くらいの感覚で取らなかった電話。だって、もう二度と「他愛ない話」が出来ないとは思わなかったから。
もう空気のように自然に一緒に居て、自然に他愛ない話をして、平凡に一緒に時を過ごしていた妻は、1人の心無い男によって奪われた。
5年間も復讐の時を待った。
5年間納骨せず、毎日繰り返し妻の最期の留守電を聞き、妻の着ていた下着の匂いを嗅ぎ、妻のブラジャーをポケットに入れて過ごす。
殺した男の方は、自分は何も悪くはないと思っている。しかし、助手席の連れが自首したせいで自分も逮捕された。臭い飯を食う羽目になったのも、出所してからも上手く行かないのも全部他人のせいで自分は何も悪くない。なのに脅迫状が毎日届く。
自分は悪くないのに自分を殺すと言っているこの男が不愉快で怖い。
不愉快だけど自分で何とかするのは面倒くさいから人に何とかしてもらおうと義兄を脅してみた。
義兄は考えた末、新しい配偶者が出来れば健一も未来に目が向くかもしれないから脅しを止めるかも、とニセの見合いを計画する。
自分だって妹をこの男に殺されているのに、怖いから抵抗が出来ない。
「木島の友人」という名の男は、この男から離れたいと思っている。だけど「俺がいなきゃダメなんだ」という考えから離れる事が出来ない。
決行の日。
健一は結局包丁を投げた。
他愛ない話がしたい。
たとえば、昨日のテレビの話とか、芸人の話とか好きな食べ物のこととか…。
そういう平凡で他愛ない話がしたい。
この男が自分から奪ったのは、そういう平凡で、でも掛け替えのない物だったから。
たぶん、健一にはもう何もない。
しかし、木島にも何もない。
何もない人生を持つ者同士の2人……。
でもね、こういう人たちに「頑張れ」とか「前を向け」とか言っちゃいけない気がするのだ。
妻の留守電は消した。
たぶん、納骨もするだろう。
顔と頭中になすりつけたプリンを健一はたぶん二度と食べない。
それでも、再生したとは思えない。
たぶん、この先も木島は自分は悪くないと思う人生を続け、健一は何もない人生を続けていく…。
私は、そう思った。吹っ切れたとは思えない。
だって、一度奪われた平凡を手に入れるのは難しいのだから。
それを理解できない人間が確かに存在するのだから。
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