凶悪
監督: 白石和彌
出演: 山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴、白川和子、吉村実子、小林且弥、斉藤悠、米村亮太朗、松岡依都美、ジジ・ぶぅ、村岡希美、外波山文明、廣末哲万、九十九一、原扶貴子
公開: 2013年9月21日
2013年10月7日。劇場観賞。
原作は新潮45編集部編『凶悪 -ある死刑囚の告発-』。ノンフィクション小説である。
つまり、実話ベースのストーリー。
モデルとなった実際の事件は、特に事件名などは付いていないらしい(「カーテン屋店主殺害事件」?)茨城上申書殺人事件。
複数の殺人・窃盗・詐欺罪で逮捕されていた元暴力団組長・後藤良次死刑囚が、「先生」と呼び慕っていた三上静男という男が自分を裏切ったのを恨み、獄中から新潮45編集部に告発し、それを編集部が暴いて逮捕に至らせた…という物。
三上静男は2008年に水戸地裁で無期懲役の有罪判決を受けている。
この事件をそのままなぞったのが、映画『凶悪』である。
とにかく…最初から最後まで嫌な事ばかりがドロドロと描かれる。大袈裟な演出も音楽もなく、ドキュメントではないのだけれど、まるでドキュメントのように淡々と…。
その「凶悪」っぷりに、もう体を堅くして眉間にしわを寄せて見る以外の何もできない。
特に中盤はもう…見るのが嫌になるほど。
スプラッタな映像は少ないが、代わりに流されるのは血が流れなくても死んでいく人たちの地獄絵図である。
恐らく主人公・藤井の家庭事情はフィクションなのだろうと思うけれども、残念な事にこちらにも息抜きの場は何もない。
この作品自体が「凶悪」に侵されて沈み込んでいるのだ。
凶悪な男が弱者を排除していく映画といえば「冷たい熱帯魚」が頭をよぎるが、この気持ち悪さは「冷たい熱帯魚」どころの騒ぎではなかった。「フィクション」だと思える部分がないのだから。
それを貫く姿勢は素晴らしいと思う。
しかし、見終わって感じるのは気持ち悪さだけで、感銘や感動は何もない。
藤井がこの事件の調査にのめり込んで行く理由は職場から与えられてきたつまらないスクープ記事の作成や家庭事情を考えれば察しはつくが、それを踏まえても今ひとつ共感には至らない。
監督はたぶん、とても真面目にこの事件を再現しようとしたのだと思う。その結果出来上がったのは「実録日本の犯罪史」のような物になった。
だから、「恐かったねぇ」「こんな事件があったんだね。知らなかった。」くらいの感想で終わってしまう。そこが何だかとてももったいない気がしてしまうのだった。
見どころと言えば「凶悪」な2人を演じたピエール瀧とリリー・フランキー。
いやぁ…本当に、これを見てから「そして父になる」を見るような事にならなくて良かったわ。だって、同じようなノホホンとした感じなのに凶悪なんだもん…。
ピエール瀧もね…連続テレビ小説「あまちゃん」から早めに姿を消したのは、これの公開と被らないようにしたのかなと思ってしまうほど。あの手で寿司は握られたくない。
笑いながら人を殺せる人間がいる。捕まっても反省などしない人間がいる。その存在を嫌というほど見せつけられた。これが事実であるという事がただの悪夢ならいい。
何か1つ、もっと悪夢的なものが欲しかった。この実録を見てきたはずの主人公と同化して暗闇に堕ちて行ける「何か」が欲しかった。
「地獄でなぜ悪い」で映画馬鹿が言っていたように
「リアルはファンタジーに勝てない」から。
「俺を一番殺したいと思っているのは……お前」
と、ラストにいう「先生」木村。
だから、紙一重なんだよ、と言いたいのだろうけれど…それは違うと思うよ。
確かに誰だって「こんなヤツ消えろ」と思う人間の1人や2人はいる…かも、知れない。
現に、この映画を見ていれば木村や須藤なんか消えてしまえばいいと思う。
けれども、実行してしまう人間と消えればいいと思う人間は紙一重だとは思わない。
だから藤井だって、認知症の母や認知症の母に当たっていたらしい妻を消さなくていいように、ちゃんと施設に入れたじゃないか。人間はそうやって負の行いを回避する。
笑いながら人を消せる人間と藤井は決して紙一重ではない。
まるで紙一重であるかのように思わせるラストには、ちょっと納得できなかった。
しかし、生き残れば借金が返せないという切羽詰まった思いで依頼してしまった牛場の家族の気持ちは解らなくもない。
結局、人は自分の手を汚さずに消したい人間を消せるのならばやってしまうものなのかな…。
「死刑」もまさにそうだ。
法律が消してくれるのだから、私たちはこんなヤツ死刑にしてしまえと叫べるのであって、じゃあお前がやれ、と言われたら絶対に嫌だ。
人の命は重い。
なかなか死なない「殺された人たち」を見て、生に執着するみじめさを味わった。
自分が殺されるようだった。
今はただ、恐い話だったとしか思えない。
実際の事件で亡くなった方々に合掌。
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